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横浜地方裁判所 昭和62年(行ウ)15号 判決

原告

陳國照

右訴訟代理人弁護士

平岩敬一

山本英二

被告

東京入国管理局横浜支局主任審査官

畑野勇

右指定代理人

堀内明

外八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年七月三一日付けで原告に対してなした退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の経緯

原告は昭和一七年四月一〇日中国(台湾)において出生し、中国国籍を有する者であるが、昭和六〇年五月一四日、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―四」という。)で日本に入国し、同年八月九日右在留期間更新の申請をして、九〇日間の延長を許可された。

原告は右入国後の同年六月一一日日本国籍の鈴木令子(以下「令子」という。)と婚姻し、右更新後の在留期限が迫った同年一一月六日、法四条一項一六号に該当する者としての在留資格変更許可の申請を行ったが、同年一二月二五日不許可の通知がなされた(以下「本件不許可処分」という。)。

原告は昭和六二年六月二二日東京入国管理局横浜支局入国審査官から法二四条四号ロに該当する旨の認定をされたので、同日、本邦在留を希望して口頭審理を請求した。これに対し、特別審理官が同年七月八日口頭審理の上、右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定をしたので、さらに、同日法務大臣宛に異議の申出を行ったが、同月二八日右申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)がなされ、同月三一日被告から本件処分がなされた。

2  本件処分の違法性

本件処分は、被告が裁量の範囲を逸脱し又は濫用して行ったものであり、また、本件処分前になされた本件裁決及び本件不許可処分も裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法なものであるから、右違法を承継した本件処分はその点からも違法である。

すなわち、

(一) 原告は、令子と婚姻後、同女と前夫との子供である鈴木浩司(以下「浩司)という。)を養育しながら、神奈川県厚木市内で中華料理店を営んで家庭生活をしてきた。

その間、浩司は薬物乱用のために昭和六〇年から昭和六一年にかけて入院し、また昭和六一年にシンナーを吸引したうえ放火事件を起こして少年院に一年間入院した。そのため、原告は浩司が少年院に入院した際には面会に行き、少年院退院後は自宅で療養させながら、同人を立ち直らせるために同人を保護しようとしてきたのであり、また、その意欲をもっているものである。

また、原告は令子と別居生活をし、令子からの連絡がつきにくい状況にあったが、それは、原告の実質的に経営する中華料理店が厚木市内にあり、他方、令子と浩司は病院と学校との関係で船橋市内に留まる必要があったということからやむを得ない事由によるものであり、右中華料理店が多忙なために原告は神奈川県海老名の家に毎日四時間程しか在宅しておらず、それ故に令子からの連絡がつきにくかったものの、本件在留資格変更申請以前においても月に数回は令子と会っているうえ、令子が足の痛みを訴えた時には台湾製の薬を送ったりしており、夫婦関係もあったのであって、婚姻関係を疑わせるようなものではなかった。

さらに、原告の中華料理店は、当初において令子が経営する予定であったが、令子の病気により、やむを得ず原告が右店を切り回すようになったのであり、原告が当初から右中華料理店を経営する意図ではなかった。

そして、本件処分がなされて原告が国外に退去強制されると、原告の家族は離散してしまうばかりでなく、収入源も全く失ったうえ中華料理店の内装工事代金一二四万円など多額の借財を抱えて経済的に困窮する結果になる。また、令子は、本件処分の問題等により心労が重なり胃潰瘍に罹患して入院するに至ったが、金銭問題や浩司の面倒をみる必要から退院して通院治療を受けながらパートタイムの仕事に従事している状況にあり、令子に入院治療させるためには原告が日本国内に留まることが必要であり、さらに、原告がいままで日本国内で培ってきた多くの友人との人間関係も断ち切られてしまう結果になる。

(二) 本件処分の違法性

原告は、資格外活動をしなくとも家族の生活費、医療費などを用立てることが可能であるが、原告が本件処分により強制送還されると、原告と令子との婚姻関係は全く破壊され、令子の治療に支障を生じるばかりでなく、浩司の養育にも重大な悪影響を与えるのであるから、右状況において、被告が本件処分を行って原告を国外に強制退去させることは、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したというほかはないのであって、本件処分は違法である。

(三) 本件裁決の違法性

前記のとおり、法務大臣が原告の異議の申出を理由なしとした裁決も裁量権を逸脱した違法なものであり、本件処分は右違法を承継しているから、違法なものである。

(四) 本件不許可処分の違法性

原告には、前記の事情があり、法二〇条三項但書所定の「やむを得ない特別の事情」があったのであるから、法務大臣は、原告の在留資格変更の申請を許可をすべきであったにもかかわらず、裁量権の範囲を逸脱し又は濫用して本件不許可処分を行ったから、本件不許可処分は違法であり、右違法を承継した本件処分も違法である。

本件不許可処分は、本件処分と同じ法上の処分であり、また、在留資格変更不許可処分が対象者を不法在留者たらしめる処分で、直ちに違反調査が開始されて退去強制手続が始まるものであり、さらに、在留資格変更に関する処分がその資格において対象者を在留させるかどうか、逆にいえば、その資格で日本に在留させるべきでなく退去強制させるか否かを決定する処分であるうえ、通常は在留資格変更不許可処分の後、調査が数箇月続き、その後退去強制手続が始まることになり、その間、対象者は在留資格許可の期待を持っているから、退去強制手続が始まるころには在留資格変更不許可処分の取消訴訟の出訴期間が経過しているのが通常であることを考慮すると、本件不許可処分の右違法は、在留資格変更不許可処分に続く一連の退去強制手続の最終処分たる本件処分に承継されているというべきである。

したがって、本件不許可処分の違法性を承継した本件処分も違法である。

よって、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  原告は、本件処分には裁量権の逸脱、濫用の違法がある旨主張するが、本件処分は、被告が法四九条五項に基づいて行った処分であるところ、同条の規定からも明らかなとおり、被告は、法務大臣から原告の異議の申出に理由がない旨の裁決をした旨の通知を受けると、退去強制令書の発付をしなければならないのであって、本件処分を行うか否かについて被告には全く裁量権が与えられていないのであるから、本件処分に裁量権を逸脱し又は濫用した違法はなく、原告の右主張は失当である。

2  原告は、本件不許可処分が違法であるから本件処分も違法である旨主張するが、本件不許可処分は公定力のある行政処分であるから取り消されるまでは有効に原告を拘束するものであり、原告が未だその取消を求めていない(もっとも、出訴期間を経過している現在ではその取消訴訟を提起できない。)以上、原告の不法在留の事実は動かないところであり、本件処分は適法であることが明らかであって、原告の右主張も失当である。

3  仮に、本件裁決、本件不許可処分の違法が退去強制令書発付処分の違法事由となる場合があるとしても、本件裁決等には、次のとおり、何ら裁量の誤りはなく違法な点は存しないから、本件処分は適法である。

すなわち、

(一) 原告は、昭和四九年五月以来昭和五九年六月まで約一〇年間に合計二九回にわたり観光等の目的で本邦に入、出国を繰り返していたが、昭和五九年六月ころ神奈川県厚木市妻田において飲食店「台中」の経営を始め、昭和六〇年一月八日に出国し、一週間後の同年一月一五日に在留資格四―一―四、在留期間九〇日を付与されて上陸し、右「台中」及び同所所在のスナック「貴家呂」(昭和五九年一二月ころ日本人と共同経営を始めていた。)を経営していたところ、昭和六〇年一月二四日、売春防止法違反の容疑で逮捕され、同年二月一四日小田原簡易裁判所において風俗営業等取締法違反(神奈川県公安委員会の許可を受けずに「台中」の従業員に接客させた等の事実)により罰金三万円の略式命令を受けた。原告は、右のように観光等短期滞在のための在留資格であるのに飲食店を経営し、資格外活動を行ったため、法二四条四号イに該当するとして退去強制手続を受け、昭和六〇年二月二二日台湾に向けて送還された。

しかし、原告は、送還後僅か一箇月を経過した昭和六〇年三月二七日、母の姉である陳愛と養子縁組をして、姓を「劉」から「陳」に改めたうえ、同年五月九日マニラ日本国総領事館から「陳國照」の名で観光目的の渡航証明書の交付を受け、同月一四日東京入国管理局成田支局入国審査官より在留資格四―一―四、在留期間九〇日を付与されて上陸した。原告は本邦から退去強制された者であるから、法五条一項九号により退去した日から一年を経過しない者として上陸を拒否されるはずのところ、従前の名と異なる「陳國照」の名で上陸申請をしたため、入国審査官は右条項に該当する者であることを発見できず在留許可を付与された。

(二) 原告は右入国後の昭和六〇年六月一一日、千葉県船橋市夏見六丁目八番三号高見荘に居住する日本人令子との婚姻届を船橋市長宛に提出したが、同年一二月ころから昭和六一年一月ころまで神奈川県海老名市内の借家において同居したほかは別居生活を続け、在留資格変更許可申請を出すまでは令子らのもとに二箇月に一回位、右申請後は東京入国管理局の調査を見越してその期間の同居を装うため週一回位の各割合で立ち寄っていたに過ぎず、しかも、昭和六一年以来令子との間に夫婦関係を有しないのであり、令子が体調をくずして動けないようなときにも全く世話をせず、浩司がシンナー遊びや刑事事件を引き起こしても令子の相談にのらずに無関心の態度をとっていたうえ、昭和五〇年ころ調停離婚した前妻との内縁関係を続けており、さらに、令子が、原告の日常の行動を把握できない状況にさえあった。

このように、原告と令子との結婚は、偽装結婚の疑いが濃厚なのであり、両名間には婚姻の実態が全くない。

他方、原告は、昭和六〇年八月一日、送還前に経営していた「台中」をレストラン「鳳仙花」と改称して経営を始め、以前と同様に資格外活動である飲食店又はスナックの経営を続け、前妻との間にできた娘や中国人女性を観光査証により呼び寄せてホステス等として稼働させ、管理売春を行っていた疑いが濃厚である。

(三) 原告は昭和六〇年八月九日、居住地を令子の住所としたうえ、東京入国管理局千葉港出張所に在留期間更新の申請を行い、同日在留期間を同年一一月一〇日までとする許可を受け、さらに、同年一一月六日に、日本人妻との同居及びレストラン「鳳仙花」の経営をしたいとの理由で一年間の在留を希望する旨の在留資格変更許可申請を行ったが、在留の実態に疑義があるほか、同年二月二二日に送還された中国人劉國照と同一人物であることが判明したので本件不許可処分がなされ、同年一二月二五日に原告にその旨が通知された。

そこで、東京入国管理局警備官が原告を法二四条四号ロに該当する容疑者として違反調査を開始したところ、昭和六二年五月二八日レストラン「鳳仙花」が神奈川県警による立ち入り調査を受け、原告は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)違反及び法違反(本件不法在留の事実)容疑で逮捕され、同年六月八日小田原簡易裁判所において右法令違反により罰金一五万円の略式命令を受け、それにともない同月三日原告にかかる右退去強制容疑事件は東京入国管理局から同局横浜支局に移管され、被告が同年六月五日収容令書を発付して原告を同月八日横浜支局収容場に収容した。

そして、同月二二日東京入国管理局横浜支局入国審査官が、原告について法二四条四号ロに該当する旨の認定を行ったところ、同日、原告から本邦在留を希望して口頭審理の請求があった。そこで、特別審理官が同年七月八日口頭審理のうえ右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定を行ったが、同日、さらに原告から法務大臣に対して異議の申出があり、これに対し法務大臣は同月二八日右申出の理由がない旨の裁決をなしたので、同月三一日被告は本件処分を行った。

(四) 原告は昭和六二年八月六日本件訴えを提起するとともに本件処分の執行停止を申し立てたが、これに対し同年九月二一日に右申立てを却下する旨の決定があり、右決定が同月三〇日に確定したので、同年一一月一二日午後三時五〇分中華航空機で台北に向けて出国した。

以上のとおり、原告は令子と形式上夫婦であっても、ほとんど婚姻の実態を伴わない関係にあり、少なくとも原告には、令子との夫婦関係を利用して有利な在留資格を得ようと意図した疑いがあり、しかも、原告は渡航証明書に記載された在留期間である昭和六〇年一一月一〇日を超えて本邦に残留しており、また、短期入国を繰り返しながら資格外活動である飲食店の経営を続け、昭和六〇年一月二四日に売春防止法違反の容疑で逮捕され、同年二月一四日に小田原簡易裁判所に神奈川県公安委員会の許可なしに風俗営業を行ったとの事実で起訴されて罰金三万円の有罪判決を受けていたため、法二四条四号イに該当するとして昭和六〇年二月二二日強制送還された経歴を有しているのであり、その結果、法五条一項九号により一年間本邦に入国できないにもかかわらず、養子縁組により改姓したことを奇貨として入国し、さらに、今回の入国後も以前と同様に資格外活動である飲食店の経営を続け、前妻との間にもうけた娘及び中国人女性を観光査証で呼び寄せてホステス等として稼働させ、昭和六二年六月八日神奈川県公安委員会の許可なしに風俗営業を行った事実及び本件不法在留の事実により小田原簡易裁判所に起訴されて罰金一五万円の有罪判決を受けているのである。

右のとおりの事情からして、本件裁決には裁量権の逸脱及び濫用はない。また、本件不許可処分についても、原告は在留資格四―一―四を有するに過ぎなかったのであるから、在留資格変更の許可申請は法二〇条三項但書所定の「やむを得ない特別の事情に基づく」ものでなければ許可されないところ、右のとおり、原告には特別事情が存在しないことが明らかであるから、本件不許可処分には裁量の範囲を逸脱又は濫用した違法はなく、本件処分を違法たらしめる事由はない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1及び2は争う。

2(一)  同3の冒頭は争う。

(二)  同3(一)の事実中、入国審査官が原告を法五条一項九号該当者であると発見できなかったことは知らず、その余は認める。

(三)  同3(二)の事実中、原告が本件在留資格変更許可申請をするまで二箇月に一回位しか令子らのもとに行かず、右申請後は東京入国管理局の調査を見越して同居を装うために週一回位の割合で令子のもとに立ち寄っていたこと、原告が令子の世話を全くせず、浩司に関しての令子の相談にも無関心であったことは否認し、原告と令子との結婚が偽装結婚の疑いが濃いこと、原告が娘や中国人女性を呼び寄せてホステスとして稼働させ、管理売春を行っていた疑いが濃いことは争い、その余は認める。

(四)  同3(三)の事実中、原告の在留実態に疑義があることは争い、その余は認める。

(五)  同3(四)の事実中、原告が自費により昭和六二年一一月一二日午後三時五〇分中華航空機で出国した事実を除いて、認める。

(六)  同3後段は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、原告が法二四条四号ロの規定に該当する者であることは弁論の全趣旨に照らし明らかである。

二本件処分が違法であるとする原告の主張について判断する。

1  原告は、本件処分には裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法があり、また、本件裁決にも同様な違法があり、右違法は本件処分にも承継されているから、本件処分はその点においても違法である旨主張する。

しかし、法二四条は「本邦からの退去を強制することができる。」と規定しているものの、法に定める退去強制の手続によれば、入国審査官、特別審理官及び法務大臣は、認定、判定、裁決をするにつき、対象者(容疑者)について、法二四条各号のいずれかに該当する事由があるか否かを審査し決定しうるのみで、右該当者について事案の軽重その他の事情を考慮して、退去を強制するか否かを決定する余地はなく、しかも、認定、判定、裁決が確定すると被告は直ちに退去強制令書の発付をしなければならないものとされており、その点においても裁量の余地がないと解される。

そうすると、被告及び法務大臣に自由裁量権のあることを前提とする原告の主張は採用できない。

もっとも、法務大臣は、裁決に当たり異議の申出が理由がないと認める場合でも一定の事由に該当するときはその者の在留を特別に許可することができ(法五〇条一項)、また、退去強制が著しく不当であることを理由として申し出る場合には、その資料を提出すべきものとされている(出入国管理及び難民認定法執行規則四二条四号)ことなどからすれば、異議の申出に理由がないとする裁決は、入国審査官の認定を相当としてこれを維持する判断のほかに在留特別許可を付与しないとの判断を示した処分を含むものと解することができる。

そうすると、主任審査官は退去強制令書の発付について裁量の自由を有しないのであるが、在留特別許可を付与しないとする点の判断に違法な点があれば、この点を違法事由として裁決の取消を求めることができるばかりでなく、法務大臣の裁決の違法性が後行処分たる退去強制令書発付処分にも承継されるものとして、その取消も求めうるというべきである。

そして、在留特別許可を与えるか否かは、当該容疑者の個人的事情だけではなく、国際情勢、外交政策等諸般の事情を総合的に考慮して決定されるべき事柄であり、法務大臣の広範な自由裁量に委ねられている措置と解されるが、そのうえでなおかつ在留特別許可を与えないことが、裁量権の範囲を逸脱し又は濫用してされたものと認められる場合には、同許可を与えないことが違法というべきである。

したがって、原告の右主張は、本件裁決が在留特別許可を付与しなかったことに関して、裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法があるという趣旨において意味を有する。

2  そこで、在留特別許可を付与しなかったことが裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したかについて判断する。

(一)  被告の主張3(一)の事実(但し、入国審査官が原告を法五条一項九号に該当する者であると発見できなかったことを除く。)、同3(二)の事実(但し、原告が本件在留資格変更許可申請をするまで二箇月に一回位しか令子らのもとに行かず、右申請後は東京入国管理局の調査を見越して同居を装うために週一回位の割合で令子のもとに立ち寄っていたこと、原告が令子の世話を全くせず、浩司に関しての令子の相談にも無関心であったこと、原告と令子との結婚が偽装結婚の疑いが濃いこと、原告が娘や中国人女性を呼び寄せてホステスとして稼働させ、管理売春を行っていた疑いが濃いことは除く。)、同3(三)の事実(但し、原告の在留実態に疑義があることは除く。)、同3(四)の事実(但し、原告が自費により昭和六二年一一月一二日午後三時五〇分中華航空機で出国したことは除く。)は当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実に加えて、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和三九年一二月ころ、葉美玉と結婚して長男劉宗杰、長女劉惠茹、次女陳惠櫻の三人の子供をもうけていたが、昭和五〇年に離婚した。

(2) 原告は、昭和四九年五月に入国して以来昭和五九年六月まで約一〇年間に合計二九回にわたり観光等の目的で本邦に入、出国を繰り返していた(乙第二号証の一ないし八)が、その間の昭和五九年六月二五日に神奈川県厚木市妻田一四一八番において飲食店「台中」の経営を始め、また、同年一〇月ころから同所一八三八番の三所在のスナック「貴家呂」の経営を始めた。

原告は、昭和六〇年一月八日に出国したが、一週間後の同年一月一五日在留資格四―一―四、在留期間九〇日を付与されて上陸し、神奈川県海老名市下今泉七五二番の一を居住地として外国人登録をした(乙第三号証の三)が、実際には右スナック「貴家呂」の二階に長女劉惠茹と一緒に暮らしながら、右各飲食店を経営していた。

他方、原告の前妻葉美玉は、昭和五六年五月一四日に本邦に入国して以来、再三にわたって入出国を繰り返しており、原告が本邦に入国している間の昭和五九年暮れころにも本邦に入国して(乙第五号証の四)、原告と夫婦関係をもっていた。

(3) 原告は、神奈川県公安委員会から風俗営業の許可を受けることなく、昭和五九年一〇月末ころから飲食店「台中」において、在留資格四―一―四で入国した中国人女性をして接客させて風俗営業を営んでいたところ、昭和六〇年一月二四日売春防止法違反容疑により逮捕され、同年二月一四日小田原簡易裁判所において風俗営業等取締法(昭和五九年八月一四日法律第七六号による改正前のもの)違反(神奈川県公安委員会の許可を受けずに「台中」の従業員に接客させた事実)により罰金三万円の略式命令(乙第七号証の一、二)を受け、その結果、原告は、右のように観光等短期滞在のための在留資格をもって飲食店を経営し資格外活動を行ったことを理由として、法二四条四号イに該当するとして退去強制手続を受け、昭和六〇年二月二二日台北に向けて強制送還された(乙第一五号証)。

(4) 原告は、送還後一箇月を経過した昭和六〇年三月二七日、母の姉である陳愛と養子縁組をして、姓を「劉」から「陳」に改めた(乙第一号証の一二)うえ、同年五月一三日マニラ日本国総領事館から「陳國照」名義で観光目的の渡航証明書(乙第一七号証)の交付を受け、同月一四日東京入国管理局成田支局入国審査官より在留資格四―一―四、在留期間九〇日を付与されて上陸した(乙第三号証の四)。

(5) 原告は、前妻葉美玉と夫婦関係のあった昭和五九年一一月ころ知人の紹介により令子と知り合い、四、五回の交際をしたうえ同年一二月二五日に婚約したが、昭和六〇年二月二二日に強制送還された後、全く音信が絶えていたところ、同年五月一四日、原告の母及び弟と共に来日して千葉県船橋市夏見六丁目八番三号高見荘の令子の住所に居を定め、同年六月一一日日本人である令子との婚姻届を千葉県船橋市長宛に提出し(甲第一号証)、また、同日、令子の右住所を居住地として外国人登録を行った(乙第一八号証)。

原告は、極めて短時日のうちに令子の右住居から厚木市妻田所在のアパートに移って令子と別居し、令子名義で営業許可をとったうえ以前に飲食店「台中」として経営していた店舗を使用して、昭和六〇年八月ころからレストラン「鳳仙花」を経営し始めた。

令子は、昭和六〇年八月中は右レストランの営業を手伝っていたが、体調不良のため、その後は月に三回位皿洗いなどの手伝いをする程度となり、他方、原告は、右レストランの経営に専念していて船橋市内に居住する令子と同居しないばかりでなく、二箇月に一回程令子の住居を訪ねるだけであった。

令子は、昭和六〇年一二月一〇日ころ、前夫との子供浩司(昭和四三年五月二八日生)がシンナー中毒となったため、病院に強制入院させ、その入院期間中の一箇月間と浩司の退院後の二〇日余りの期間を、原告と共に神奈川県海老名市国分三二五三番所在の借家で同居して暮らし、また、その間、レストラン「鳳仙花」に出勤していたが、昭和六一年一月三〇日にもとの船橋市内の住居に浩司と共に戻った。

原告は、令子が風邪や流産により体調をくずし、原告の助けを求めた際にも、右レストランの経営が多忙なことを理由に船橋市内の令子の住居に戻らず、令子はやむなく友人に頼んで病院へ連れていって貰っていた。

(6) 浩司は、昭和六一年二月中旬にシンナーを吸引して自動車二台に放火する事件を引き起こし、同年四月一四日多摩少年院に入院させられ、また、令子は被害者との示談交渉に苦労させられた。

しかし、原告は、令子の示談交渉を手伝ったり、積極的に関与しようとはせず、また、少年院に面会に行くことも、令子に強く求められて仕方なく一度行っただけであった。

(7) 原告は、昭和六〇年八月九日居住地を令子の住所地である千葉県船橋市夏見六丁目八番三号高見荘としたうえ、東京入国管理局千葉港出張所に在留期間更新の申請を行って、同日、在留期間を同年一一月一〇日までとする在留期間更新の許可を受け(乙第一七号証)、さらに、同年一一月六日、日本人妻との同居及びレストラン「鳳仙花」の経営を理由として一年間の在留を希望する旨の本件在留資格変更許可申請を行ったが、右申請は不許可とされ、同年一二月二五日に原告にその旨が通知された(乙第二二号証)。

(8) 原告は、昭和六二年五月二八日レストラン「鳳仙花」において、風営法違反及び不法在留の容疑で逮捕され、同年六月八日小田原簡易裁判所において右各逮捕事実により罰金一五万円の略式命令(乙第二一号証の一、二)を受け、同月五日に被告から収容令書(乙第二三号証)を発付されて同月八日東京入国管理局横浜支局収容場に収容された。

(9) 原告は、昭和六二年六月二二日に東京入国管理局横浜支局入国審査官から法二四条四号ロに該当するとの認定を受け(乙第二四号証)、同日、本邦在留を希望して口頭審理を請求したが、同年七月八日、特別審理官から口頭審理のうえで右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定(乙第二五号証)を受け、同日、法務大臣宛に異議の申出を行ったが、同月二八日右申出に理由がない旨の裁決が下されて(乙第二六号証)、同月三一日被告によって本件処分(乙第二七号証)がなされた。

(10) 原告は昭和六二年八月六日本件処分の取消を求めて訴えを提起し、それと共に本件処分の執行停止の申立てを行ったが、同年九月二一日に右申立てを却下する旨の決定が下され、同月三〇日に右決定が確定した結果、同年一一月一二日台北に向けて中華航空により出国させられた(乙第二七号証、第三六号証)。

(11) 令子は、昭和六二年二月ころから胃痛があって胃潰瘍と診断され、同年六月六日から三日間入院したものの経済的に困窮していたこともあり、通院治療を受けながら、近所の食堂で一日四時間のパートタイムの仕事をし、生活費の不足分については、原告が強制送還されるまでは原告から支給を受けたり、実家からの仕送りに頼っていた。

浩司は、昭和六二年二月に多摩少年院を退院したが、自宅療養中である。

浩司は昭和六二年七月一六日東京入国管理局横浜支局収容場に収容されている原告に対し、早く戻って来て三人で暮らしたい旨の手紙(甲第八号証の一、二)を書き送り、これに対して、原告も同年九月二日浩司に対し、同人と令子のことを心配して過ごしている旨の手紙(甲第九号証の一、二)を書き送っている。

原告が経営していたレストラン「鳳仙花」の店舗は、債権者により、その担保権の実行として売却されている。

以上のとおり認められ、これに反する証拠は次に判示するとおり信用できない。

すなわち、

甲第四号証(令子の陳述書)中には、原告が、昭和六一年四月以降に令子及び浩司と神奈川県海老名市内の借家で同居する予定であった旨の記載部分があるが、右記載部分は、前記乙第三四、第三五号証(令子の供述調書)に照らして信用できないばかりでなく、右認定のとおり、原告は昭和六一年一月三〇日以降に令子及び浩司と同居したことは全くないのであり、同居するのであれば、原告が逮捕された昭和六二年五月二八日までの間になんらかの準備等があってしかるべきところ、そのような様子を窺わせる証拠もないのであって、右記載部分はその点からしても信用できない。

また、甲第一〇号証(令子の陳述書)中には、原告がすすんで浩司を見舞いに少年院に行ったり、退院の際には令子よりも先に迎えに行ったりして熱心に面倒をみていた旨の記載部分があり、また、甲第一一号証(原告の陳述書)、乙第三一号証(原告の口頭審理調書)中には、原告が浩司と仲良く接してきており、浩司を立ち直らせるためには父親である原告が必要である旨の記載部分があるが、右各記載部分は前記乙第三四、第三五号証(令子の供述調書)に照らして信用できないばかりでなく、右認定のとおり、原告は浩司と僅かな期間しか同居しておらず、原告の浩司に対する対応が今まで熱心なものであったと認めることはできず、右各記載部分は信用できない。

さらに、甲第一〇号証(令子の陳述書)、乙第三二号証の一(令子の供述調書)中には、令子が当初においてレストラン「鳳仙花」を経営する予定であったが、体調が悪いために原告にその経営を任せてしまった旨の記載部分があるが、右認定のとおり、原告は令子との婚姻後短期間に同居を止めて右レストランの店舗のある厚木市内に転居しており、他方、令子は千葉県船橋市内の住居に居住していたのであるから、令子が当初において右レストランを経営する予定であったと考えることは著しく不自然、不合理であって、右記載部分はその点からしても信用できない。

その他、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  右認定事実によって、在留特別許可を付与しなかったことの違法性について検討するに、原告は、退去強制されると、令子との結婚生活が破壊され、また、薬物中毒の状態にある浩司の養育ができなくなり、さらに、原告が日本国内において培ってきた友人関係を断たれてしまう旨主張する。

しかし、仮に、原告と令子との関係が夫婦というべきものであるとしても、前記認定の事実に照らすと、その関係は令子の意思、心情はともかくとして、原告としては本邦に在留する目的を遂げるための方便として令子と婚姻関係を結び、これを形式上維持しているにすぎないものとしか理解できないものというべきであり、これを基礎とする浩司との関係も希薄なものといわざるを得ないのであって、原告の国外退去により人道上看過しがたい事態を招来されるとは考えられず、原告と日本国内の友人との関係についても考慮するに値するような人間関係が形成されていたと認めるに足りる証拠もない。

また、原告は、既に昭和六〇年一月一五日に入国して在留を認められた期間中に定められた在留資格(観光目的)以外の活動(飲食店経営)を専ら行ったとの理由で強制退去を命じられてその執行を受けているのに拘らず、養子縁組をして改姓のうえ、法五条一項九号の規定を潜脱して本邦に再入国し、その在留期間中においても前同様の活動をしているもので、今回の入国後の原告の行動に照らすと、原告は当初から在留資格に反して営業活動をなす目的で再入国したものと推認するに難くなく、その行動は法を無視した悪質なものである。

以上の事情に照らすと原告に在留特別許可を与えなかったことをもって、著しく人道に反し、甚しく正義の観念にもとり、法務大臣の裁量権の範囲を逸脱し濫用しているといいえないこと明らかなところであり、原告の主張は理由がない。

3  原告は、本件不許可処分が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法があり、右違法が本件処分に承継されているから、本件処分も違法である旨主張する。

しかし、本件不許可処分は、それ自体が抗告訴訟の対象となる公定力を有する行政処分であって、右処分が取り消されないかぎり効力を有するのであるから、本件不許可処分の取消訴訟を提起して違法性を争うことなく、本件処分の取消訴訟において右違法を争うことはできないものと解される。

なお、原告は、在留資格変更不許可処分が本件処分と同じ法上の処分であり、その処分によって対象者を不法在留者たらしめること、在留資格変更に関する処分が日本に在留させるべきか否かを決定する処分であること、対象者は、在留資格変更不許可処分がなされても、退去強制手続の間、在留資格許可を期待して待っているため、在留資格変更不許可処分の出訴期間を徒過してしまうことが通常であることを理由として、本件不許可処分の違法性が本件処分に承継される旨主張する。

しかし、同じ法上の処分であるからといって、当然に在留資格変更不許可処分の違法が退去強制令書発付処分に承継されるとする法的根拠はなく、また、在留資格変更不許可処分が直ちに本件処分に結びついているものではなく、その後に法務大臣の在留特別許可の判断を経て本件処分がなされているのであるから、本件不許可処分の違法性が本件処分に承継される余地はないというべきである。さらに、本件不許可処分を争わずに在留を期待するのが一般であるとは考え難いうえ、そのような期待を抱くのが一般であるからといって、右不許可処分の違法が本件処分に承継されるということもできない。むしろ、そのような期待を抱くとすれば、それは在留特別許可を期待するにほかならず、在留特別許可についての違法性の有無を検討すれば足りることになる。

したがって、本件不許可処分の違法が本件処分に承継されることを前提とする原告の主張は採用できず、また、仮に、右主張を採りうるとしても、原告は、在留資格四―一―四に該る者であるから、在留資格の変更には「やむを得ない特別の事情」を要する(法二〇条三項但書)ところ、前記判示のとおり、原告に右特別の事情があるとは認められず、本件不許可処分に裁量権の逸脱又は濫用の違法があるとはいえない。

4  以上のとおり、本件処分には原告主張の違法はない。

三よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川上正俊 裁判官宮岡章 裁判官西田育代司)

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